【マリ】



『飛んで日に逝くマリの蠅』 No.19

 車窓に見入っていると、蠅が迷い込んでくる。窓ガラスの表面をじたばた飛ぶ。「邪魔だな」と思っていると、十分くらいして窓の桟に落っこちる。ひっくりかえって手足をばたつかせる。段々と動きが鈍くなり、ついにピクリとも動かなくなる。
 そう、とてつもない暑さなのだ。窓ガラスは火傷しそうに熱い。金属の部分ならば火傷してしまうだろう。気象や時期によって異なるのだろうが、とにかく死にそうなくらいだ。そのおかげかどうか知らないけれど、蠅や蚊は思っていたほど多くない。乾期の終わりだからかもしれない。



『偶然の再会』 No.20

 焼けつくようなマリの暑さ。汗だくで街を徘徊していると、通りかかった店の主人からいきなり声をかけられる。客引きではない。なんと列車で知り合ったおじさんではないか。なんとも不思議な出会い。おじさんは自分の店のコーラを奢ってくれて二人の再会を祝福する。
 旅ではこんな偶然もよくあるものだ。旅行者同士ならば、ルートや行動パターンが似通っているのでわからなくもない。けれど、地元の人ともなれば、ちょっと不可解なことではある。



『フットボール』 No.21

 早朝の公園で、ある青年と親しくなる。真っ黒な肌に白いシャツがよく似合う。英語の勉強をしているそうだ。この国や街について色々と教えてくれる。そして片言の英語で、なぜか熱心にフットボールの話をしてくる。サッカーのことを喋っているのは大体わかる。好きなのだろう。けれど、はじめは何について具体的な説明をしているのか理解できなかった。どうやら、ワールドカップのアジア大会最終予選のことを話しているらしい。そう、あの灼熱のカタール、ドーハの悲劇。対イラク戦のことだったのだ。
「あのロスタイムはとても悔しかったね。信じられなかったよ。ぼくは日本を応援していたからさ……」
「えっ、そうなの? イスラム圏だし、距離的にも近いし、イラクを応援していたとばかり思ってたけど」
「ぼくは日本って国が好きだからね。それにイラクは……」
 私もむかし、サッカーをやっていた。それに今でもそこそこ興味がある。それから二人は、ワールドカップUSA大会、中南米やヨーロッパのチームや選手の話題で盛り上がる。
「きみはフットボールに詳しいみたいだね。この国でもかなり盛んなんだよ。マリのチームなんてどう思う?」
「よく知らないから、なんとも言えないね……」
 西アフリカでサッカーが盛んなのは知っている。コートジボアールやカメルーンのナショナルチームならば少しは知っているが、それでも国内の話まではわからない。マリともなれば、ほとんど知らない世界である。
「ところできみ、Jリーグってのは知っている?」
「いやわからないよ。日本のフットボールリーグなの? 日本のナショナルチームだったら知ってるけどさ」
「最近できた日本のプロリーグなんだ。海外からも結構いい選手が来ているよ。将来、ちょっとはメジャーになるかもね……」
 サッカーはボール一つあれば、どこでもできるスポーツ。先進国から第三世界の国々まで、世界各地で最も盛んに行われている。グランドだけでなく、公園や空き地、道端なんかでも熱中している姿をよく見かける。ヨーロッパや中南米を旅していて、誘われたり、一緒に混ざってやったこともある。そしてその都度、様々な話題も提供してくれた。旅の良き想い出の一片でもある。フットボールはコミュニケーションのきっかけをこれからも与えてくれることだろう。



『移動と野宿』 No.22

 四十度を越す猛暑と突き刺すような日差しのなかで繰り広げられる観光や移動。しかも街中やターミナルは凄い喧騒。それでも、街を徘徊しつづけて、いろんな地域を巡ってまわる。もちろん乗り物の内部もそれ相応だ。
 すべてのバスは乗り合いだから、人が集まるまでずっと待たされる。なんとか当日に人数がそろえばいいのだが、翌日にもちこされると時間の少ない私にはかなりこたえる。集まるといっても定員に達したくらいで出発することはない。必ず目一杯になるまでぎゅうぎゅうに詰め込むのだ。長距離ならば立ち席こそないけれど、定員の1.5倍程度の人数を無理やり座らせる。もし座りきれないならば置いていかれるだけだ。そんな身動きできない状況でもそれほど苦痛は感じない。しかし、この猛暑のなかとなれば話は違う。多少のことでは全く平気な私だけど、やはりこの状態での長時間移動は辛い。
 西アフリカの移動では野宿率もそこそこ高いようだ。車やバスがオンボロでよく故障するからだ。二、三時間で直ればラッキー。気にすることもないだろう。しかしそうでない場合は、修理が終わるまでひたすら待ったり、あきらめてヒッチハイクなんかで脱出する。乗り合いのタクシーやバスが通りかかることもあるけれど、必ず満杯で走っているからまず停まってはくれない。南のほうは夜も暑いので水さえ持っていればそう問題はない。でも、砂漠地帯は想像以上に冷えるため寝袋や防寒具も必要だ。因みに、地元の人たちは、イスラムのお祈りのための絨毯やゴザを下に敷いて眠っている。寒ければそれにくるまって寝るそうだ。もうすこし神聖なものだと考えていたが、生活用品の一部にちかいのかもしれない。当然、所要時間などもあってないようなもの。半日遅れとか一日遅れとかは日常なのだ。これは列車でも同じようなものである。



『夜空を仰いで』 No.23

 今回のミニバスは三時過ぎにようやく出発。五人掛けの座席に七人が座っている。格闘の末なんとか窓際をキープしたが、三人の積み残しがでてしまう。四日後に予定されているバスを待つか、人数を集めて乗合タクシーにするしかないだろう。
 窓際にしたのはすこし失敗だったかも。このトラックを改造したミニバスはセミオープンカー。窓ガラスは無くてサイドには支柱があるだけ。その支柱のうえに天井があってその上に沢山の荷物が積まれている、といった仕組みだ。そんなわけで、とにかく凄まじい熱さ。サイドは金属の部分がじかに腕と触れるので火傷しそう。そのうえ直射日光も体に当たる。強烈な日差しだから、とても肌を露出してはいられない。こんな猛暑なのに長袖のシャツを羽織って防護する。しかも、景色だけは楽しめると思っていたのに、全面に向かい風をあびて目を開けているのもままならない。けれど、奥の人たちも両側からびっしりと挟まれてかなり暑苦しそう。どこに座っても大して変わらないのかもしれない。
 日も暮れて、日没のお祈りを済ませたあと再びバスへ。なんとエンジンがかからないでは。よくあることだ。またか、と愚痴をこぼしながらも狭い車内でしばらく待つ。時間がかかりそうなので、みんながバスを降りはじめる。外で待つほうが随分と楽だ。多少は暑さもしのげるし、なんといってもこの解放感。この時期マリ南部では、夜になっても気温は下がらない。けっこうな暑さ。それでも日が当たらないので、日中に比べると快適にさえ思える。手持ちの食料を持ち出して食べる人。携行している絨毯を広げてのんびり過ごす人も。私は水を抱えて用を足しに。この壮大な大地で気張るのは実に爽快だ。
 数時間が過ぎただろうか、何度も修理してはエンジンをかけて試している。ここら辺りの運ちゃんや助手は、みんな車の修理も達者なようだ。でも、真っ暗ななかで懐中電灯を片手に修理するのも大変そうだ。どうやらダメっぽい雰囲気。ひょっとしてここで野宿かもしれない。
 ほとんどの人たちが横になって眠りはじめる。修理していた人たちも休憩なのか諦めたのか知らないけれど、横になって休んでいる。野宿するのはべつに気にもならない。でも、時間の限られている私としては、なるべく早く移動を再開したい。まあ、アフリカらしいといえばアフリカらしい。あれこれ考えていてもしかたない。寝ころがって星の輝く天を仰ぎみる。
 それにしても暑い。なかなか寝つくこともできない。深夜でも気温が三十五度以上もあって、しかも気温より大地の温度のほうが高いときている。まるで日本の真夏に床暖房の上で寝ている感じだ。周りの人たちは、それぞれにお祈りのための絨毯を下に敷いて眠っている。
 星空がとても綺麗。辺りには人工の光など存在しない。闇と静けさのなか、満天の星を眺めつづける。今までイライラしていた自分がなぜかおかしく思えてしまう。久しぶりの野宿。不思議といい気分だ。旅の原点を見つめなおせたような気もする。




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