【モーリタニア】



『渡し舟でトラブル』 No.06(セネガル〜モーリタニア)

 国境の村ロッソ。ポリスで出国手続きを済ませて村を徘徊。川岸まで行って渡し舟に乗る。洗濯をしている女性や水浴びをしている子供たち。けっこうな賑わいだ。
 舟は単純なつくりの木製、小さなエンジンが付いている。一時間ちかく経とうとしているが、舟はまだ出ない。人でいっぱいになるまで待っているのだ。色の白いのは私だけ。英語がわかる人は誰もいない。みんな不思議そうな顔つき。幾人かが話しかけてくる。
 ようやく出発。これでセネガルともしばらくお別れ。向こう岸にはモーリタニアのイミグレが見える。岸から二百メートルくらい離れたところで、突然エンジンが止まる。みんなは平気な顔。よくあることなのだろうか。しばらく待つが、なかなかエンジンはかからない。そのあいだにも舟はゆっくりと流されていく。
 エンジンの修理をはじめる。国境の村が小さくなっていく。三十分くらい経っただろうか。みんながざわめきはじめる。すでに村は視界から消えている。このままセネガル河を流されていけば大西洋だな、なんて考えが浮かぶ。でもまだ、岸までは泳げる距離だ。あきらめて待ちつづける。
 五十分くらいして、やっとエンジンがかかる。とても不安定な音。それでも河を逆上っていく。もうすぐモーリタニアだ。



『外貨申告』 No.07

 この国の外貨申告は予想以上に厳しい。持っているお金をすべて提出させられる。それで係官がカウントして金額を記入するのだ。私は数種類の通貨を持っている。しかも、ドルなんかは1ドルの小額紙幣を何十枚も携行しているので数えるほうも大変だ。抜き取られないかと心配しながら見守る。モーリタニアの通貨ウギアを少しだけ持っていたので没収されそうになる。本当にそういう決まりがあるのかどうか知らないが、お願いすると返してくれた。
 強制両替もあるようだ。これも本当のところはわからない。100フランスフランを両替してスタンプをもらうまでは国境地区から出してはもらえない。でも、使いきるのに困る金額ではないので大丈夫。国内は現地通貨払いなのだ。ヌアクショットで出会った日本人男性は、同じ国境で300フランスフランを両替させられたと言っていた。彼はセネガルの協力隊員でフランス語もすこし話せる。モーリタニアへは旅行にきているってことだった。
 出国時の外貨チェックも厳しい。入国時と同様にお金を数えられて、入国の際の外貨申告書と比較される。当然、差額分は両替証明書や外貨支払のレシートを要求される。私は勘定が10ドルほど合わなかったが見逃してくれた。
 そんなに多くはないけれど、バクシーシを求められることもある。だけど、はっきりと断れば問題はない。



『ポリスチェック』 No.08

 西アフリカ諸国ではポリスチェックがよくある。そのなかでもモーリタニアはけっこう多いほうだ。移動のたびに十分から三十分おきにある。とくに大きな街の手前でのチェックは厳しい。パスポートを見せて終わりの時もあるし、色々と訊かれることも多い。書類に記入させられる場合なんかもある。私は現地の言葉もフランス語も喋れないのでやや手間取ってしまう。
 たまに英語ができるポリスがいれば、それはそれで迷惑する。パスポートを見せるだけでチェックは済んでいるのに「チーフが呼んでるから来い」なんて言われる。行ってみればなんのことはない。ただの世間話。珍しくて話がしたいから呼ばれただけなのだ。そのほかにも余計な質問が増えてしまう、などといった弊害も多い。
 移動については、乗合制なので超満員になるまでは出発しない。それにポリスチェックなども全員が終わるまで待つので必要以上に時間がかかる。乗合タクシーは乗用車のバンに最低十人は乗せるので窮屈だ。
 西アフリカ諸国では長距離移動用のバスやワゴン車にはぎっしりと詰め込む。さすがに立ち席はないけれど、五人掛けの座席に七人座らせたりして、必ず目一杯にしてから出発する。これだけならば大したことではないが、拍車をかけるのが猛暑。勿論、エアコンなどはない。とにかくハンパでない凄さなのだ。



『お祈り』 No.09

 長距離移動ではその途中にお祈りのための停車が何度かある。西アフリカにはイスラム教の人々が大勢いるからだ。移動時にもお祈りのための絨毯やゴザを携行している人も多い。
 それぞれ熱心にお祈りをつづける。とくにモーリタニアでは全員がそうだ。私にも勧めてくれるけれど、宗教に対しての真似事は冒涜しているようにも感じられるので丁重にお断りする。暇な私は、砂漠へ分け入って、すこしばかり遊んだり写真を撮る。
 それと、この停車は意外にも貴重な時間。長距離移動では食事のために街角へ停めるのを除いて休憩がない。だからその間は、ひたすら窮屈な思いや猛暑に堪えなければならない。当然トイレも。そんなわけで、この時間は解放されてトイレ休憩にもなるのだ。男も女もすこし離れた場所で思い思いに放出する。私などトイレですることよりも外でする回数のほうがはるかに多い。勿論「大」も。汚いトイレよりも広い大地のほうがよっぽどすっきりする。後始末は携行している水。水はとても貴重なのだ。
 お祈りのための停車は郊外の荒野。ひと気もないけれど何もない。トイレにはいいかもしれないが、水や食料なんかは手に入らない。たまに街中を通過する際に窓から買えることもある。



『ポリスに連行』 No.10

 ヌアクショットの街中を徘徊しているとポリスに呼び止められる。パスポートのチェック。普通ならばこれで終わりだ。しかし、なぜかパスポートを取り上げられてパトカーに乗せられる。といっても、ポリスカラーの小型トラックの荷台だ。これまで旅した国々でも、警察や軍隊に銃口を突きつけられたり、銃底でこづかれたりしたこともある。それに比べれば、そんなにやばそうな雰囲気でもない。
 ポリスオフィスへ連行される。見すぼらしいコンクリート製の小さな四角い建物。取り調べ室のような場所に通される。室内には二人の黒人少女。十六、七歳だろうか。部屋の角でしくしく泣いている。
 暫くのあいだ、おとなしく座って待つ。すると、今度は三人の青年が引きずられてくる。でもって、五、六人のポリスからぼこぼこに殴られる。そのあと、奥の牢屋みたいな所へ蹴り込まれる。ちょっとビビっていると、「日本人はノープロブレム」などと言われる。「ここに連れてこられただけでも充分にプロブレムだよ」とは思うものの黙って頷く。それに私は、「ノープロブレム」と「インシャアラー」って言葉は信じないのだ。
「向こうで待っていろ」なんて感じで、隣の部屋へ移動。四人のポリスが輪になって昼飯を食べている。大きなタライのなかの混ぜご飯。それを手でこねながら口へ運ぶ。私にも勧めてくれるが、それどころではない。
 結局、ちょっとした質問を受けて一時間程度で解放される。ポリスの人たちと一緒に写真を撮って世間話。車で送ってもらう。いい人たちなんだけれど、あまりしたくはない経験である。



『謎の黒人美女』 No.11

 深夜、宿の入口で黒人女性から声をかけられる。「フランス語はできるか」と訊くので、「ノン」と答えると英語で話してくる。ちょっとだけ英語が話せるようだ。
「今夜、あなたの部屋に泊めてちょうだい。お願いだから」
「ぼくはお金を持っていないよ。明日、モーリタニアを去るから」
 黒人のなかでも特に彼女は濃い黒色。真っ黒な肌をしている。しかし、とても美しい。抜群のプロポーション。絶世の美女といった面持ちだ。それにファッショナブル。モーリタニアでは見かけない、どうみても普通の女の娘って感じではない。
 やはり彼女はその手の商売をしているそうだ。けれど、この話は商売とは関係ない、と言っている。
 聞くところによると、
「いまはパスポートを持っていない。なぜか今夜はポリスが大勢うろついているので捕まってしまう。だから明朝まで部屋にいさせて」
 ということらしい。彼女はマリから来ているってことだ。
 確かにパスポートを携帯していなければ、ポリスに連行される危険性は高い。けれど、ちゃんとどこかに持っていれば、無事に釈放してくれそうなものだ。密入国をしているのかもしれない。それとも不法滞在か違法商売か。ひょっとして、私に狙いがあるのかもしれない。だけど、色々と話をした結果、一晩泊めてあげることに決める。
 夢のような出来事。あれは一宿の恩義だったのだろうか。謎めいた彼女、夜明けと共にひっそりと去っていった。




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