〜W体験記★白きアオザイの女学生〜

 『追いかけてアオザイ』

ベトナム/ハノイ

 早朝から通勤や通学のバイクや自転車で溢れる街なか。個人的な印象だが、ハノイには美女が多い。それもスリムでスタイルのいい女性ばかり。太った女の娘には滅多にお目にかかることはない。
 白いアオザイ姿の女子学生もけっこう見かける。みんなビシッと背筋を伸ばして、姿勢良くペダルを踏む。押し寄せるバイクや車を苦もなくかわし、この混雑のなかを悠々と行き交う。やはり可愛い娘が多い。そのうえ薄い白地ゆえ、見事なまでに下着も透けて見える。
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 アオザイ(セクシーなベトナムの民俗衣装)に興味がある私は、そんな女性たちの写真を撮らせてもらう。戦争のような大通りにすすっと進み、バイクや自転車をくぐり抜け、目指す女学生にアプローチ。凄い交通量だけど、馬車や牛が混ざっているわけではないから、それほどでもない。でも、走っている自転車が相手なので、それなりに大変ではある。
 後ろから追いかけたり、前へ飛び出すような感じで、いろんな娘に声をかける。きっと迷惑なことだろうし、やや恥ずかしい気もするけれど、言うは一時の恥、言わぬは一生の悔いなのだ。相手も暇なわけではないし、それなりに断られたりもする。だけど、ちゃんと撮らせてくれる娘もいる。自転車に乗っている風景を撮ったりなんかもする。
 サンダル履きの見すぼらしい恰好で駆けずりまわっている私。ちゃんとした機材を持ってきていれば、少しはさまになるのかもしれない。だが、コンパクトカメラだけでは、単なるおかしな外人だ。自分でもそう思えるのだから、はたから見れば尚更だろう。

 それでも、ある程度の収穫はあった。早起きは三文の得だな、と勝手に納得して、屋台のフォー(ベトナムの麺類)で腹ごしらえをする。
 すると、道端で二人組の女学生がお喋りをしているでは。急いで駆け寄って話しかける。片方の女の娘はめちゃくちゃ可愛い。「写真を撮ってもいい?」と訊くと、ちょっとはにかむしぐさ。表情から察するに「恥ずかしいけど構わないわ」といった感じである。ところが、もう一人の女の娘が「ダメダメ、写真なんて」というジェスチャーを返す。
「将を射るなら馬から」という格言があるように、「二人組の女性の可愛い娘を落とすのなら、もう一人から」という原則もあるようだ。でも私は、ナンパをするわけではないし、そんなまどろっこしいことをする余裕もない。それに、ベトナムで通用するかどうかも不明だ。単刀直入に、片方の女の娘には遠慮してもらって、可愛い娘一人だけの写真を撮らせてもらう。それで充分なのだから。

 十時すぎ、シクロを三時間2万ドン(二百円)でチャータして流していると、偶然、公園で綺麗な女の娘を見つける。
「ちょっと待った。ストップ、ストップ!」
 すぐにシクロを停めて、飛び下りる。
 四人組の白いアオザイ姿の女学生だ。彼女たちは、いま来たばかりみたいで、自転車から降りて、芝生のうえにゴザを広げようとしている。私が話しかけると、英語で応えが返ってきた。そこそこ英語ができるようだ。観光に関わっている人ならば、英語が達者な人や日本語まで操る人も少なくない。でも、学生の場合、ほんのちょっと英語ができる人はいるけれど、片言でも会話になる人は、大学生を除けばそれほど多くないのだ。
 そんな彼女たちと、いろいろな話を交わして意気投合。「英語を教えて」とか「日本の話を聞かせて」とか、いろんなことを言われる。彼女たちは四人とも十八歳って話。みんなピチピチのアオザイギャルだ。
「こっちへ来て、もっと話そう……」
 そう誘われたので、遠慮なくゴザの上へあがる。そして腰をおろし、みんなで輪になって話し込む。ピクニック気分だ。でもなぜか、私が中心的存在になってしまっている。

 ふと背後に人の気配を感じて振り向けば、シクロの運ちゃんではないか。すっかり忘れていた。ちょうどいいので、彼に写真を撮ってもらう。私が真ん中でみんなが周りで輪になって座る形。並ぶよりも輪になるのが習慣なのだろうか。
「やっぱり、アオザイの美しさは、立ち姿にこそ真価が発揮されるからね」
 そういって、今度は、四人を立たせて、みんなの肩を抱いて写真におさまる。彼女たちはやけにはしゃいでいる。
「そうそう、もう行っていいからさ。ここで終わりね。それじゃ。バイバイ」
 運ちゃんにそう告げて、2万ドンを手渡す。約束の三時間ではなく、まだ二時間ちょっとしか経っていないけれど、ノープロブレム。じつに太っ腹だ。
 このシクロをチャータしたのは観光のためではない。駅や銀行や郵便局などで手際よく雑用を済ませるためだ。それらの用はもう済んだ。あともう少し街を流してやりたいこともあったのだが、予定はあくまで予定。ここで彼女たちと知り合えたことのほうがよっぽど重要だ。大した迷いもなく即決する。

 女の娘から名前や住所も教えてもらい。さらに話ははずむ。日本のことをいろいろと話してあげる。日本のお菓子も取り出して説明。
「これは日本では凄く有名なスナック・ヌードルなんだ。首相の名前を知らない奴はいても、これを知らない日本人はいないよ。その名も、ベイビー・スター・ラーメン!」
 けっこう受けているみたい。味もベトナム人の口に合うようだ。それから、一合のパック入り日本酒を取り出し、ストローを挿してみんなでまわす。こちらも説明には熱心に耳を傾けていたが、味のほうはいまいちらしい。不味いとは言わないけれど、不味そうな顔をしている。それにしても、好奇心旺盛。何事にも興味津々な年頃なのだろう。
 いろんなものが次々と出てくるウエスト・バッグ。その中身にも興味があるようだ。まだ旅を始めたばかりなので、余り物もそこそこ入っている。
「はは、これはドラえもんのポケットだからねー」
 なんと、予想をうわまわる反響。ドラえもんは想像以上に有名らしい。

 彼女たちからも、ベトナムのいろんな話を聞かせてもらう。白いスケスケのアオザイ姿がまばゆい。やはり下着もちゃんと認識できる。目のやり場に困るということはないけれど、思わず頬が緩んでしまうのも事実だ。とにかく、アオザイにはとても興味がある。そんなわけで、四人の中でも一番気が合って仲良くなっていた女の娘に触らしてもらう。
 断られるかと心配したけれど、なぜか意外にあっさり承諾してくれる。いい肌触り。やわ肌のぬくもりも伝わってくる。べつにエッチな考えがあるわけではない。でも、アオザイ屋に飾られているものを触るのと、可愛い女学生の肌に密着しているアオザイを触るのとでは、天と地ほどに差があるのだ。

 それからも、ゴザのうえでリラックスして喋りつづける。
 一つの人生、一つの旅がある種のドラマといえる。一つの出会いから別れまででさえドラマになりえる。旅ではそれを短いサイクルで繰り返していく。彼女との偶然とも強引ともいえるこの出会い。心に残る小さなドラマのプロローグ、いまハノイの空の下で幕があがった。

  〜 追いかけてアオザイ おわり 〜


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