〜W体験記★不思議な再会は恋の予感?〜

 『ウルトラマンとローマの休日』

インドネシア/バリ

 ボルネオ島からジャワ島へと飛んだ私は、いまバリ島を訪れている。インドネシアの旅も明日で終わり。とても短い期間だけれど、もう帰国の途につかなくてはならない。
 そういえば、勤め人になってからは、長くても一ヶ月ていどの旅しかできていない。会社を辞めないかぎりは、これが精一杯なのだろうか。この地球上を自由に動きまわれる時間は限られている。サラリーマン・バックパッカーの存在は、まるでウルトラマンのようだ。

 レギャン通りをふらふら散策。クタ、レギャンの騒がしさは相変わらず。というかその範囲は増殖している。しかし昔より、街が整備されているし、ビーチも過ごしやすくなっている。あのころの迫力もそれほど感じられない。
 すると突然、すれ違いざまに肩をはたかれる。びっくりして振り向くと、ブロンドヘアーの女の娘。目を丸くして嬉しそうに飛び跳ねている。こいつは一体なにものなんだ。なにか企んでいるふうにもみえないけれど……。
 なっ!? なんと私たち二人は、以前にも会ったことがあるらしい。だけど、思い出すことができない。それでも取り合えず、彼女に抱きついてキスを交わす。いきなり女の娘とこんな挨拶ができるのも旅人のいいところだ。たとえ相手が異なる文化だとしても、お互いにそれを認め合えるのが旅人なのだから……。そんな彼女もこの挨拶には積極的。けれど私に、エッチっぽいことを考える余裕はなく、べつのことに思いを巡らせていた。
「確かに、会ったような気がする。どこでだったっけ? ジャカルタで会ったフランスの娘じゃないよな。外見は似てるけど、こんなに陽気じゃなかったもん。ジョグジャで仲良くなったのは地元の娘だし。バリへ来る長距離バスで一緒だった娘はもっと背が高かったような。べつの国とか、べつの旅で出会った娘かな。この雰囲気じゃ、そこそこ親しくしてたような感じだし。うーん……」

 抱擁を終えると彼女は、手を掴んでいろいろ話しかける。随分とよく喋る活発な女性だ。こんな娘を忘れるはずはないのだが……。思い出せない私は、しばらく聞き役にまわって静観する。
 ノースリーブのシャツに単パン姿。歳のころは二十代中盤か。中肉中背で普通っぽい女の娘、くりっとした大きな目が愛らしい。ノリはラテンっぽい気もするけれど、顔だちは違う。英語の喋り方から察するに英語圏の娘。たぶん、オーストラリア人だろう。それにしても、出会ったときの物凄い驚きかた。大喜びで、はしゃぐその姿。不思議と可愛らしく思えたりもする。

 一方的にバンバン喋りまくる彼女。私には半分くらいしか理解できていないけれど、話の内容から彼女のことを思い出していた。東南アジア最大のヒンドゥー教寺院と言われるプランバナン。その遺跡観光の際に出会ったのだ。一つ一つの建物すべてに駆け登っている私を見て、いきなり声をかけてきた奇特な女性である。
 真面目に遺跡を見学したかったし、一目で男を引きつけるって感じの美女ではなかったし、とにかく時間が少なくて急いでいたから、二、三分ほど言葉を交わしてすぐに別れたのだ。それに気が急いてまともに話をせず、さらに英語なので流して聞いていたため、印象も薄くなったわけである。いま思えば、彼女の話は面白いし、惜しいことをしたとも思える。けれど、旅なんてそんなものだ。もし彼女の相手をしていたら、ほかのことができなくて後悔するかもしれないのだから。

 なかなか奇遇な再会。ことの詳細を把握した私は、自ら話題を広げていく。陽気で面白いユニークな彼女。立ち話を続けるうちに、なぜか好感を持っていった。お近づきになりたい、とも感じていた。はじめて出会ったときは、まるでそんな気がなかったのに実に不可解な心情である。
 すでに意気投合している二人。再会のときの彼女のリアクション。二人がそう望むならば、素敵な恋が芽生えるのにそれほど多くの時間は必要ないだろう。

「ローマは一日にして成らず」というけれど、「ローマの休日は一日にして成せる」のだ。あれは映画の話だから、と思う人もいるだろう。だが、事実は小説よりも奇なり。旅ではなにが起こるかわからないし、なにが起こっても不思議ではない。ありふれた常識だけでは推し量れないのだ。それに元来、恋なんて長さで決まるものでもない。そうはいっても、王女やお姫様、オードリー・ヘップバーン級の美女には、そうそう巡り逢えたりはしない。
 自由と未知の体験、出会いと別れ。「ローマの休日」は、また、旅の基本形でもある。彼女も私もれっきとした一人の旅人、互いに心得ているだろう。

「……そうそう、今夜、一緒に食事でもしましょ。時間と場所を決めてから待ち合わせて……。ゲストハウスへ迎えに行ってもいいわよ。すぐ近くだから」
 まだなにも考えていないうちに、彼女から先制されてしまう。
「ち、ちょっと待って……、いま考えてるからさ」
「えー、どうしてっ? なにかあるの?」
「今夜ちょっと、友達と会わなきゃならないかもしんないんだ。バリ人の古い友達なんだけどさ」
 そう実は今夜、バリの旧友と会おうと考えていたのだ。バリ島へ行ったならば寄るかも……、という手紙も送っていた。
 こうみえても私はけっこう義理堅い。約束もきちんと守るほうだ。この世の中、ほいほいと気安く約束する輩に限って、約束を守らなかったり、反故にしたり、軽く考える人が多いものだ。というわけでもないが、私は安易に約束したりしない。今夜その友人と会うことも約束しているわけではない。それに元々、旅人はしがらみのない自由な存在、約束などということとは相反するものだ。旅先で気軽に約束を交わす旅行者も見かけるけれど、ちょっと信じがたい光景である。

「……都合が悪いなら、明日でも構わないわよ」
「それは無理だよ。明日にはもう、バリから去らなきゃならないから。夕方の便でシンガポールへ飛ぶんだ」
「えっ、もうバリからいなくなっちゃうの。来たばかりでしょ?」
「うん、時間が少ないからね。バリは昔からよく知ってるし、動きまわる気もないんだ。すこしだけのんびりできればって程度かな。もし、時間があったとしても、きっとロンボク島へ行っちゃうと思うけどね」
「そうなの……。じゃあ、すぐには決められないよね。もし都合がよかったら、今夜わたしの部屋まで誘いに来てね。来れなかったら、それでもいいから……」
 さっき再会したばかり、それに再会といっても、ちゃんと話をしたのは今回がはじめて。そのわりには随分と大胆。彼女のキャラクターなのか。それとも、プランバナンで出会ったときから、その気があったのだろうか。まさか良からぬことを企んでいるとか……。まあ、そんな様子は微塵もないけれど、自分の予想を越えて積極的に出られると、変に勘繰ってしまうものだ。

「ところで、きみのほうは、これからなにか予定でもあるの?」
「特別にないわよ。レギャン通り周辺をぶらぶら見てまわって、部屋に戻ってシャワーを浴びて、かたづけとかして、って感じかな」
 今夜は彼女と一緒に……。友人にはバリを発つまでに会いに行けばいい。たとえ会えなくてもそれはそれでしかたない。予定なんてあってないようなもの。旅とは元々そういうものだ。この恋が実って素晴らしいひとときを過ごせるかどうかもわからない。でも、それもまた旅だろう。
「まあ、夜のことはゆっくり考えるとして、ちょっとそこで落ち着いて話そう。この暑さだし、喉も渇いちゃったからね」
 そう言って彼女の肩を抱くと、すぐ近くのバーへ……。

 百年の恋もその勝負は一瞬で決まる。私に残された時間はあと僅か。しかし、ウルトラマンはカラータイマーが点滅してからが勝負、クライマックスでもあるのだ。

  〜 ウルトラマンとローマの休日 おわり 〜



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