〜W体験記★旅のはじめは大脱出〜

 『デインジャラス・ゾーン』

南アフリカ/ヨハネスブルグ

 紛争地域を除けば世界最悪の治安と噂にも高いヨハネスブルグ中心街。空港からのバスに乗り中心街で降りれば九十九パーセントは強盗にやられる、強盗は街なかを百メートルさえ歩かせてくれない、百メートル歩くうちに二度も強盗に遇った、など、その形容は多種多様にわたる。
IMAGE-DATA  かなり大袈裟ではあるが、決してデマではない。私が旅行中に知り合った旅人のなかで、ヨハネス中心部の超危険地域を動きまわった人は五名だけである。が、そのうち実に四名が強盗に遇っているのだ。結果的に私も強盗にやられていないので、六名中四名ということになる。しかも、やられた人はリスク管理のあまい旅行者というわけではなく、旅行経験豊富な強者の旅人ばかり。一般観光客は中心街へ立ち入らないからだ。まあ、貧乏旅行者は、安宿や乗合タクシー、ビザ取得などで、中心部へ行かざるえないし、街なかでタクシー利用というわけにもいかないので仕方ないのかもしれない。

 四、五人以上のグループで首や手足を掴んで身ぐるみ剥ぐ、というのが、ヨハネスの強盗の一般的な手口らしい。昼夜、大通り、人通りに関わらず、お構いなしに堂々と犯行におよぶ。周囲の人も見て見ぬふり。私が出会った旅人たちも全員が真っ昼間の人通りのある場所でやられている。夜にやられた人とは出会っていないが、これは夜ならば安全ということではなく、夜中に人通りの少ない場所をうろつくようなバカなやつはいないというだけだ。無論、夜のほうが遙かに危険であり、車に乗っていても襲撃される。そのせいか、夜中にヨハネスを発着させる乗合タクシーは存在しないし、一般の車も襲われるのを避けるために夜は赤信号でも止まらないという話だ。

 そんななか、空港からバスで中心街に辿り着いた私は、少しばかりビビっていた。街歩きであれば、身軽だからある程度の対応はできるだろうし、携行品も限られているので、それほどのことでもない。しかし、いまは移動中。重いザックを背負っているし、当然すべての貴重品も携行している。まさに恰好の餌食というわけだ。
 私は今日、この街に留まるつもりはない。アフリカに来るまでは、どういうルートで旅しようか、と機内でいろいろ迷ったりもした。だが、この地へ降り立つまえに、まずレソトへ行ってからそのまま南下していこう、と決めていた。
 レソト行きの乗合タクシーがあるかどうかもわからない。それでも、とりあえずレソト方面へ向けて移動を開始しよう。そう考えて、バス発着所付近にいる地元の人やタクシーの運ちゃんに聞きまわる。どうやらレソト国境までの乗合タクシーはあるようだ。けれど、教えてくれる場所がまちまちで、だいたいの位置しか把握できない。とにかく、その付近まで行って周囲の人に確かめてみるしかないだろう。

 意を決して、発着所から飛び出す。そしてザックを背負って走る。私のザックは二十リッターと小型なので、全力で走れば百メートルを二十秒くらいで走れる。勿論、それで強盗を振り切れるはずもないのだが、歩いているよりは狙われる確率が低くなるだろう。旅の初っぱなから、すべての荷物をさらわれるわけにはいかないのだ。
 安全そうなところで立ち止まり、レソト方面への乗合タクシーの場所を訊ねて捜す。走っては聞く、聞いては走る、まるで「太陽にほえろ」の聞き込みの場面みたいだ。そうはいっても、出店でジュースを飲んだり、チキンを喰ったり、人々の動きを追ったり、街の様子を観察したり、とけっこう楽しんではいる。

 そんなこんなで、ようやくレソト行きの乗合タクシーを見つけだす。乗合タクシーとは、地元の人たちが普通に利用している乗り合いのワゴン車。コンビとか単にタクシーと呼ばれている。料金は決まっていて、ぼられることはない。
 ヨハネスは巨大なターミナルがあって、そこから各方面への乗合タクシーが発着する仕組みにはなっていない。行き先によって発着するストリートや位置が決まっているのだ。
 車内をみると、もう満員。用紙に名前と住所を書き込んで乗り込む。長距離の乗合タクシーは名簿に記入しないといけないらしい。私以外はみんな黒人の人ばかり、旅行者っぽい人はおろか、地元の白人の人も見当たらない。

 満員だからすぐに出発できると思っていたが、やはりあまかった。まだまだ詰め込むようだ。それでも、二十分もしないうちにギュウギュウ詰めで発車となる。
 今回はヨハネスブルグをほとんど観ることなしに通過。だが、アフリカ南部を旅するうえで、ここは移動上の重要なポイントともなる。このさき否応でも何度か再びあいまみえることになるだろう。逃げて通るばかりではいられない。それに、ぱっと見ただけでも、ヨハネス中心街には魅力を感じる。街歩きもぜひしてみたい。だけど、今はまだその時ではない。期が熟すまで、ひとまず勝負はおあずけだ。

 なんとか窓際に座れたが、膝にザックを抱えて身動きできない窮屈な状態。けれど、その車窓からは徐々にアフリカの大地が広がっていくのがわかる。
「やったね、ヨハネス脱出だっ! 南アフリカかぁ……」
 なぜだか笑みがもれてしまう。こうしてアフリカ南部の雄大な風景は、その旅の幕開けを私に告げたのだった。

  〜 デインジャラス・ゾーン おわり 〜



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