〜W体験記★アンコールへの道〜 1ドル=100円

 『旅の出会いと道連れ』

カンボジア/シェムリアプ

 首都プノンペンのポチェントン国際空港。デコボコの滑走路に真新しい国際線の建物。すぐ近くにある小さくて粗末な国内線エリア。まるで工事現場の小屋のようだ。私はそこの古びたカウンターでシェムリアプ行きの搭乗券を手に入れようとしていた。
IMAGE-DATA  シェムリアプはアンコール遺跡観光の拠点となる街。時間が少ない私はなるべく今日中にシェムリアプ入りをしたい。しかし、航空券もなければ予約も入れていない。それに、ついさっきカンボジアへ着いたばかりで、なんの情報すら得ていないのだ。手元にあるカンボジアの情報は三枚のコピー用紙だけだった。そんなわけで、まだ勝手のわからない私は、ちょっとばかりマジになっている。

 すると突然、トントンっと背後から肩を叩かれる。振り向けば、なんと、そこには知っている顔があるでは。彼は、中国からベトナム、カンボジアへと陸路で移動してきた私の友人。しかも、なぜか美女連れ。
 ちょっと不思議で感動的な出会い。ま、旅での出会いとはこんなものだろう。だけど、積もる話は後まわし。移動手段を確保するのが先決だ。

 このとき私は、一人の学生くんを連れていた。今朝、バンコクの空港で出会ったばかりだ。今年卒業の大学生ですでに就職も決まっているらしい。卒業旅行って感じなのだろうか。一ヶ月ほどタイを旅して、なぜかカンボジアへ行く気になったそうだ。会社の研修で一度日本に戻らなければならないが、そのあと今度は二ヶ月くらいアフリカを訪れるつもりだとか。

「ぼくは今日、プノンペンのキャピトルホテルに泊まる予定なんです。よければ一緒に行きませんか?」
「悪いけど、おれは今日中にシェムリアプまで行くつもりなんだ。時間がないからねぇ。カンボジアに入国したら、そのまま国内線へ行って交渉して飛ぶつもりだから」
「あっ、ぼくもそうしようかな。そのほうがいいような気がする。ご一緒しても迷惑じゃないですか?」
「まあ、べつに構わないけどさ……」

「シェムリアプにはどれくらい滞在するんですか?」
「二泊の予定だよ。夕方着いて、次の日に丸一日観光して、その次の朝には移動するつもり」
「じゃあ、ぼくもそうしようかなぁ」
「いやいや、きみは時間がたっぷりあるんだから、もう一泊してじっくりとアンコールの遺跡を巡るほうがいいと思うけど……」

「そうそう、アンコール遺跡の周辺は、一日中銃声が鳴り響いて、そこらじゅうに地雷があるって話、本当なんですか?」
「おいおい、いつの話をしてるんだい。誰から聞いたのそんなこと。いるんだよな、世界中の至るところに。自分では行ってもないくせに、そんな噂ばかりばらまいてる旅行者が。どうせ、バンコクでたむろしている連中の話でしょ。鵜呑みにしちゃダメだよ。いまじゃ、個人旅行者ゴロゴロ、ツアー客もバンバン。ま、本当のことは行ってみりゃわかるからさ」

 この学生くん、けっこう優柔不断なタイプ。あまり強い個性や自己主張がない。でもって、つぎの二ヶ月間どこを旅したらいいと思うか、とか、アフリカを旅したいんだけど、なんてことも訊かれる。私もカンボジアに着くまでは暇なもんで親切にも相談にのってあげる。そのほかにも色々と旅の話を交わす。

「ぼくもこれから就職したら、タカさんのような旅がしたいですね」
「それだったら、おれと一緒にいちゃダメだよ。一人にならなきゃね。個人の意志を大切にしてるんだ。おれの旅の基本は移動、自分の行きたい所には自分で決断して自分の責任で行く。そんなに難しいことじゃないよ。日本社会との調整のほうが大変かもね」
「じゃあ、ぼくはアドバイスに従って、シェムリアプに三泊することにします。プノンペンで再会できたらいいですね」

 シェムリアプ行きの座席にはかなり余裕があるみたいで、難なく片道航空券と搭乗券を発券してくれる。隣にいる学生くんは「いやー、何とか乗れるようですね。タカさんに付いてきて良かった」などと喜んでいる。
「でも、このボーディングパス、座席番号がないですよ。どうしてなんですか? 書き忘れてるんだったらマズイですよ」
「うん、発券したときに一応確かめたんだけど、フリーシートなんだってさ」
「えーっ! 飛行機に自由席なんてあるんですかっ?」
「なーに眠たいこと言ってんのー。おれ、そこのコーヒーショップに行くけど、きみはどうする?」
「あっ、ぼくも行きます。さっき出会った知り合いの方がいるんですよね」

 さて、シェムリアプのゲストハウスに着いた四人は一服してくつろぐ。
 私の友人の連れ合いは、ベトナムで知り合ったという二十六歳の独身女性。会社を辞めて現在は無職って話だ。二人は別のゲストハウスも当たってみるってことで探しに出かける。
「おれはここでいいけど、きみはどうする?」
「あっ、ぼくもここで構わないです。3ドルで三泊分だから9ドルですよね」
「おいおい、ちょっと待ってよ、交渉してみるからさ」

 シングルルームが一泊3ドルってところを粘って二泊で5ドルに。学生くんは三泊なので7.5ドルだ。
 シングルルームを二部屋ほど見せてもらうが、一つは普通サイズの部屋でもう一つはかなり広い部屋。学生くんは「ぼく、こっちでいいですから」と、広い部屋を譲ってくれる。だけど、それでは私の気がすまない。「この部屋の違いで同じ値段はおかしいよ」などと言って、学生くんの部屋を三泊で7ドルにしてもらう。これで遠慮なく落ち着けるというものだ。

 友人と彼女が別のゲストハウスに決めて戻ってくる。
 アンコールの遺跡群はとても徒歩で観光できるような広さではない。自転車だとしても凄く大変だ。レンタバイクならばいいけれど、現在では禁止されてしまっている。
 そんなわけで、友人の交渉により、エアコン付きのいい車で今日の夕方と明日丸一日の観光をすべて込みで20ドルに決める。一人あたり5ドル。バイクを丸一日チャータしてもこれくらいはするだろう。

 ハードな遺跡見学も終えて翌々日。シェムリアプを発つ日がやってきた。友人一行は昨日すでにこの街を去っている。
 白々と夜が明けはじめる。早朝にも関わらず、学生くんが早起きして見送りに出てきてくれる。
「まだ少し体調が悪いけど、楽しんで移動できると思うよ」
「でも、あの観光のあいだ、熱があるとは思えなかったです。ちっとも気がつきませんでした」
「ま、そんなもんだよ。べつに辛くはなかったからね。それじゃ、つぎの二ヶ月間の旅、がんばって。就職してからも、いい旅つづけろよな」
「はい。くっ付いてきちゃって迷惑かけてすいませんでした。いろいろと交渉までしてもらってありがとうです。旅のしかたやお話なんかも参考になりました。きのう帰った友人の方にもよろしく伝えといてください。じゃ、この先もお気をつけて……」

 うーん、なかなかいい青年じゃあないか。

  〜 旅の出会いと道連れ おわり 〜


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