〜W体験記★沈没者と売春嬢〜 1バーツ=4円

 『楽宮とジュライ』

タイ/バンコク

 空港からバンコク市内への移動。勿論、鉄道好きの私は5バーツの列車だ。
 とっくに日も暮れたホームには大勢の人たち。すこしして列車が入ってくる。既にすし詰め状態。それでも構わず、どんどん押し込んで乗りはじめる。とても入れそうな状況ではない。だけど、列車が動きだしたので無理矢理入口の手すりを掴む。各乗降口にはそれぞれ十数名の積み残し。私はデッキにぶら下がったまま、夜のバンコクを目指す。身軽であればどーってことはないのだが、ザックを背負っているためやや辛い。
 一時間ちょっとでホァランポーン駅へ到着。今回のタイはトランジットだけ。夜間の到着で明朝の出発も早いので特に出歩くつもりはない。

 久しぶりに楽宮へ寄ってみることに。最近のこの周辺の状況を知りたいのと、旅行者&長期滞在者ウォッチングをするためだ。楽宮(沈没者ばかりの安宿)は満室だったので、ジュライ(日本人滞在者の多い安宿)へチェックインする。
 北京飯店(楽宮の一階にある安食堂)を覗きにいく。沈没者らしき人たちがたむろしている。取り合えずみんなに挨拶してみるが、なかば無視状態だ。移動で喉が渇いていたのでビールを注文。ちょっとしてから一人の青年が入ってくる。さっと見まわして私にだけ挨拶。でもって、同じテーブルへ腰かける。彼も旅行者のようだ。旅行をしている人とそうでない人とでは一見すれば判るもの。彼はそう察知して私の席へときたのだろう。
 彼はタイ国内を旅していて明後日には帰国するそうだ。楽宮にはまともな旅行者はいないらしい。年を取った長期滞在者ばかりってことだ。
 となりのテーブルの話は嫌でも耳に入ってくる。
「誰々はどこどこの娘をずっとかこってて……。何々さんは一度帰国してすぐに戻ってくるから……」
 こんな内容ばかり。まるでアパートの住人どうしの大きなお世話ばなしを延々と繰り広げているのだ。まあ、彼ら自身がこれで幸せならば、それはそれでいいことなのだけど。

 周辺をぶらぶらと散策。その後、ジュライの入口付近に立って、暫くのあいだウォッチングしてみる。この宿の客は日本人ばかり。しかもそのほとんどが長期滞在者。だけど、ちゃんとした旅行者もまだそれなりに泊まっているようだ。
 前のストリートでたむろしているタイの若い娘たち。みんな売春嬢だ。彼女たちはいろんな日本人男性に買われてジュライのなかへと消えていく。そうして、しばらくすると戻ってきて、また次の客を探す。かなりの回転率。見ているだけでも飽きない。
 彼女たちは私にも声をかけてくる。でも、残念ながら私は女を買わない主義。すこし会話を楽しみながらも断り続ける。けれど、断った後もずっとその場所にいるから、彼女たちは不思議がっているみたい。お酒を片手にスルメをかじりながらこの情景を楽しむ。

 ジュライから出てきたある男が私に話しかける。彼はここの長期滞在予定者。まだ、三日目だという。タイの女の娘と仲良くなるためにタイ語の勉強をするつもりなんだとか。私がカンボジアへ行くことを知ると、「カンボジアの女って、どうなんです?」なんて訊いてくる。
「まだ実際に行ったわけじゃないからねぇ……」
 彼の頭には女のことしかないようだ。ま、それならばそれで面白いから彼の話にそのまま付き合う。彼にとってタイはもう七度目。バンコク以外には行ったことはないらしいが、話を聞くかぎりでは夜の事情にはめっぽう詳しい。
「ほら、あいつ綺麗だけど、オカマだから気をつけたほうがいいっすよ」
 そんな余計なことまで教えてくれる。

「でさぁ、おれ、昨日からあの娘に目をつけてんですよぉ」
 指さす先に眼をやればなかなかの美女。小柄でキュートなタイ人ギャル。どうみてもまだ十代って感じの少女である。確か、さっきべつの日本人に連れられて戻ってきた娘のはず。可愛いから私もはっきりと覚えている。さすがに人気も高いようだ。
 そんな話の最中に、べつの売春嬢が彼に声をかける。「あんたなんかに用はないよ」、などと無下に断られている。

「ふーん、あの娘が気に入ってんだったら、声をかけてくりゃいいじゃん」
「ちょっとおれ弱いんっすよ、そういうの。向こうから声かけてくれりゃいいんですけど」
 けっこう情けない奴。経験豊富そうなわりには、意外にもシャイなようだ。
「じゃあ、おれが行って話してきてやるよ」
 そう言って飛び出すと、「ちょっと待って!」と、腕を掴まれる。
「旅慣れてそうだから大丈夫とは思うけど。新顔だと吹っ掛けられるかもしんないから……。ここの相場はだいたい200バーツくらい。でも、あの娘だったら、300バーツまで出してもいいっすよ」

 少しばかり交渉して、結局200バーツで話をつける。ところが、そのまま私と腕を組んでジュライに入ろうとするでは。どうやら彼女は、私が相手だと勘違いしているみたい。そんなわけで、彼のほうに押しつけてホテル内へと送りだす。彼女はまだ状況が把握できていないのかキョトンとしている。
 楽宮、ジュライ。相も変わらず。旅人にとって訪れる価値があるかどうかはべつとして、ここへ寄ってみるのも一興かもしれない。

  〜 楽宮とジュライ おわり 〜


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