〜W体験記★夕刻と深夜のメディナ〜

 『メディナを探索』

モロッコ/カサブランカ

IMAGE-DATA  久し振りのイスラム圏。懐かしいような不思議な雰囲気を存分に噛み締める。自分の五感が徐々に研ぎ澄まされていくのがわかる。キョロキョロとあたりを見まわしながら、地図を片手にメディナ(旧市街)を目指す。

 モハメッド5世広場にあるハイアット・リージェンシ。その裏あたりから、メディナへ突入。城壁をくぐると景色は一変。とにかく物凄い人出と熱気なのだ。
 ちょうど私が入った所には、いろんな食べ物の屋台が出ている。そのためか、すこし妙な臭いもする。だけど私は、こんな屋台が大好きなのだ。お腹も空いていることだし、ちょっと食べてみたい気もする。だが、こんな所で時間を潰しているわけにはいかない。
「よう! 兄ちゃん、食っていかない?」
 そんな感じで、屋台のおっさんから盛んに声をかけられる。急ぐ私は、愛嬌を振りまきながらも、屋台の食べ物や人々の様子などを一通りぐるりと見てまわる。そして、メディナの奥へと進んでいく。

 奥のほうは、狭い路地が複雑に入り組んで、予想通り迷路のようになっている。意外だったのは、この人の量だ。まるで満員電車のような混雑。自由に歩くことすら難しい。当然、地図で確認しながら、というのは至難の技だ。
 そのうえ、ロバまで闊歩している。べつにロバが歩いていること自体には驚かない。ほかの国々でも、日常的に経験してきたことだから。しかし、この人混みとなれば話は違う。原宿の竹下通りを通行している人たち全員が、一メートル幅の路地に密集して歩いているなかを、荷物を山積みにしたロバが行き交っているようなものだ。

 それにしても、カサブランカのメディナは凄い。モロッコではこの先、幾つかのメディナを探訪することとなる。けれどやっぱり、ここが一番人の量も多くて騒然としている。カサブランカ自体が人口の多い都市だし、きっと特別混み合っている時間帯なのだろう。ひょっとすると、イベントでもやっているのかもしれない。
 とにかく、人の流れにまかせて進んでいく。というより、流れに逆らえない、といった感じだ。人の流れにそっていけば、メディナのヘソである広場やモスクへ辿り着く構造になっているらしい。
 狭い路地の両側には、革製品、衣類、バッグなどの店が、延々と軒を連ねている。そして、それらの店の天井や軒先には、まるでブドウの房のように、商品がぶら下げられている。すこし広い路地になれば、道の真ん中で店を広げている奴もいる。人混みで前がよく見えないから、商品を踏んづけてしまいそうだ。私は身長が百八十センチほどあるので、まだ辺りが見えているほうだと思う。小さな女性であれば、周囲の人影でなにも見えないかもしれない。

 こんな状況にも関わらず、店の人たちは、「なに探してる?」、「安いよ」、「見るだけでいいから」、「おまけするよ!」、「ちょっとだけね」などと、現地語、英語、身振り手振り、なんかで呼びかける。なかには日本語や中国語で話しかける奴までいる。
 今日は初めからなにも買うつもりはないし、一々相手にしている時間もない。確かにアテもなく、こういった人たちと喋ったり、交渉したりするってのは、楽しいことではある。けれども、いろんな店をざっと眺めながら、先へ先へと足を運ぶ。たまに誘惑に勝てずに、店のなかを覗いたり、言葉を交わしたりもする。思うように進めないメディナの路地を、人にぶつかりながらも歩き続ける。日はもうとっくに暮れて、空には星も輝いている。

 楽しんでうろうろと徘徊しているうちに、迷ってしまったようだ。というか、自分の位置が正しいのか、間違っているのか、よく判らないのだ。もしかすると、迷っていないのかもしれない。それに、地図自体が正確かどうかもかなり疑わしいものだ。
 メディナ内の狭い路地の両側には、古い建物が隙間なく建ち並んでいる。そのため、視界が遮られて目印となるような大きな建物は全く見えない。見ることができるのは、両脇の建物とその間の星空だけだ。
 自慢ではないけれど、方向感覚は自分でも優れているほうだと思う。しかし、メディナ内で迷子にならないという自信はない。とにかく、自分がいる場所が大体間違っていないだろう、と決め込んで、バスターミナルがあると思われる方向へジグザグと進んでいく。

 段々とひと気のない路地に変わる。人に道を尋ねれば、一応ちゃんと教えてくれる。だが、メディナの道順なんて日本語で聞いても覚えるのは難しい。それなのに、身振り手振りで教えてもらっても理解できるはずなどない。ましてや私は、来た道を引き返そうとしているのでも、大きな路地を探して歩こうとしているのでもない。細い路地を目的地に向かって最短距離で進もうと考えているのだ。
 すこし不安ではあるけれど、まあ大丈夫だろう、と勝手に自分が正しいと思っている道を歩いていく。

 適当に進んでいるうちに、突然、城壁が見えてくる。
「やった! メディナ脱出だ」
 けれど、安心するのはまだ早い。メディナのどの辺りから出たのか、把握しなければならない。
 城壁を抜ける。すると、目のまえにバスターミナルが見えるでは。なんと、自分が考えていたその場所に、寸分の狂いもなく出てきたのである。自分自身の方向感覚に自画自賛する私であった。

 メディナは、迷路のようにゴミゴミしていて、一種独特の雰囲気もある。でも、スラム街なんかとは、全く異なったものだ。庶民が買物や生活をしている、ごく普通の街。一人で適当にさまよったとしても、そんなに危険な場所ではない。
 とにかく、メディナは最大の観光&異文化遭遇ポイント。いろいろと道に迷いながら歩いてみるのが、一番の醍醐味かもしれない。

 所用を済ませた私は、深夜、もう一度メディナへと向かう。
 なんなんだ、これは……。夕刻の騒然とした状況とはうって変わって、誰もいない。時間的に遅すぎるのか、店はすべて閉まっていて露店の影も形もない。まさに、人っ子一人いない状態なのだ。さっきまでやっていた屋台のせいか、妙な臭いだけは相変わらず漂っている。しかも、古い建物が建ち並ぶなか、明かりもほとんどなくて真っ暗。まるで廃墟そのもの、といった感じである。
 多少はビビッているけれど、滅多に体験できるものでもない。観ておく価値は充分にあるだろう、と奥へ歩いていく。

 進めば進むほど、なんだか不気味さが増してくる。やはり人の姿はどこにも見当たらない。暗いメディナのなかで、ただ、カメラのストロボだけが、ピカッピカッと光を発していた。

  〜 メディナを探索 おわり 〜


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