〜W体験記★路地裏で遇った旅人〜

 『風の旅人』

パキスタン/ラワルピンディ

 突然、風のように現れた旅人。不意な出会いにすこし戸惑う。埃まじりの風が舞う路地裏。こんな場所で遇うなんて。ちょっとした運命的な出会いを感じてしまう。私よりも若干年上だろうか。二十代後半といった感じである。
 長く旅を続けていれば気が滅入ってしまうこともあるものだ。その頃の私は、就職してから数年の月日が流れていた。会社やその他諸々のしがらみ。それらと向かい合って旅を続けていくのがやや辛くも感じられていた。

 現在、彼は無職。この旅を始めてからはまだ三ヶ月程度ってことだ。なかなか陽気で面白い人。そんな彼と旅の話を交わす。旅への強い思いがよくわかる。これからアフガニスタンへと向かうらしい。私としてもぜひ訪ねてみたいルートである。

「アフガンの国境や国内はどんな感じなんですか?」
「当たり前のことだけど、大丈夫かどうかははっきりしないよ。ま、行ってみればわかるさ。運が悪けりゃ死ぬだけのことだから。それは日本でも同じなんだけどね」
「ははは、そうですね、道中の無事を祈ってますよ。で、その後はイランへでも抜けるつもりなんですか?」
「できれば中央アジアへ抜けたいねぇ。ダメだったら、やっぱりイランかな。まあ、行ってみないと何とも言えないからね。行けるとこならどこへでもいくよ。そういうきみはどうすんの?」
「ぼくはラホールへ行って、それからインドに抜ける予定です。中央アジアかぁ。なんとか行けるといいですね。でも、ソ連だから……。ま、アフガンにも素直に入れてもらえるかどうかわかんないことだし、そんなことを考えてもしょうがないですよね」

 旅の行くさきに不安も感じられるアフガニスタン。そんな場所なのに、やけに楽しそうに旅立っていく。とても嬉しそうな表情。彼の気持ちが伝わってくる。なぜかしら私までがわくわくしてしまう。
 そうだ、私も旅が大好きなのだ。そこになんの迷いも疑いもないはず。旅への情熱が失せてしまえば、私の旅は終わりである。

 心の底で揺れていた炎。決して旅に疲れたわけではない。けれど、日本の社会との戦いに少しばかり弱気になっていた私。彼が運んできた一陣の風。それがいま再び激しく燃え上がらせくれた。
 一時間にも満たない彼との出会い。ほんの僅かなひととき。幻だったのだろうか。旅の神が二人を引き合わせたのかもしれない。
 熱き思いを抱いた旅人。爽やかな笑顔を残して風と共に去っていった。

  〜 風の旅人 おわり 〜


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