〜W体験記★強盗に遭遇した青年〜

 『選択のバランス』

パナマ/パナマシティ

 ミラ・フローレスへ行ってパナマ運河の見学をしよう。そう思って、ダウンタウンの宿を出る。角を曲がったところで、ある日本人青年と偶然に出くわす。
 彼は三ヶ月の予定で旅をしているらしい。ルートは、USA−ブラジル−コスタリカ−パナマ−コスタリカ−グァテマラ−USA。コスタリカからパナマ往復が陸路、あとはすべて空路である。けっこう珍しいルーティングだ。

「ペルーには寄らなかったの? いいところだよ、あそこは。ぼくはけっこう気に入ってるんだよなぁ」
 私はペルーがとても好きなので、そう尋ねてみる。
「ペルーには、ぜひ行きたかったんですよ。でも、あそこって、かなり治安が悪いんでしょ」
「あ、そう……」

「でね、昨日、強盗に遇っちゃったんですよ。ダウンタウンのそこを奥へ入ったところで。ナイフ突きつけられて、サイフをひったくられたんです。まあ、サイフにはすこししかお金が入ってなかったからいいんですけど。ディバッグが無事だったのは助かりましたよ」
「へぇー、でも、サイフだけ持ってくなんて、良心的な強盗で良かったね」

 良かったって言い方はすこし変かもしれない。だけど、彼が言っているサイフというのは、旅行者の常識からすれば見せかけのようなもの。ちょっとした買い物をするための、せいぜい10ドル程度のお金しか入れていないものなのだ。そんなわけで、実際には大した実害はなく、サイフ自体のほうが価値が高い場合もありえる。

「で、すぐ側にはピストルを持ったガードマンがいたのに見て見ぬふり。確かに気付いていたはずなのに無視してたんですよ」
「よくわかんないけど、自分の店と関係なきゃあ、関わりあわないってことなのかなぁ?」

 因みに、中米諸国のホテルや店の入口は、頑丈な鉄格子や分厚いシャッターなんかで守られている。その前では銃を持った警備員が監視している場合も多い。治安が悪いためか、安宿といえども例外ではない。わざわざ入口の鍵を開けてもらったり、自分でガチャガチャ操作しなければならない。安全のためなのだろうが、そこそこ面倒ではある。

 そういえば、「宿の良し悪しは、天候、体調、荷物の量で決まる」なんて、よく言われる。要するに、猛暑だったり、雨が降ったり、体調が悪かったり、重い荷物を背負ってたりすると妥協しやすくなるってことだ。基本的には、個人の能力と根気や運で左右されるのだろう。だけど、インフォメーションやガイドブックで左右される人なんかもいる。
 通常、私は自分の足で宿を探すことにしている。最も気にする条件は機動性。交通の便が良いとか、ダウンタウンや繁華街にあるとか、観光の起点となる場所、などである。私は宿に特別な思い入れは持たない。極端な話、ドミトリーでもシェアでもシングルでも野宿でもなんでもいいのだ。従って、安くて良い宿を探しまわることはしない。時間の無駄だと考えるからだ。貧乏暇無しの私は、お金も大切だけど時間も貴重なのだ。
 というわけで、自分で機動性が良さそうだと判断した場所。その近くの安宿を三軒くらい訪ねてすぐに決めてしまう。だから私は、「安くて便利な宿」には泊まっているが、「安くて良い宿」とは必ずしも言えない。治安的にもかなり危険な場所を選ぶこともある。大抵、便が良い所には人が大勢集まるし、危険な場所も多いものだ。まあ、そこに価値観があるのだから自分ではそれでいいと思う。
 時間がとても貴重な私だけど、移動ではなるべく飛行機を避けている。これはお金や時間の問題以上に、列車やバスへの思い入れがあるからだ。
 メリットやデメリット、目的や価値観に危険性、この微妙なバランスのうえに私の選択が存在する。

「それにしても、やっぱり、ダウンタウンのメインストリートから外れた路地は危険ですね。地球の歩き方にも危ないって書いてあったもんで、折角、ホテルは新市街のほうにとったんですが……」
「うーん、ぼくはこの近くの宿に泊まっているんだけど……。新市街は高いし、第一、不便でしょ。それに、暮らしている人たちも普通の庶民とは違うような。まっ世の中、どこにでも、いい奴も悪い奴もいるからね。この辺の若者や女の娘とも遊んだけど、色々と教えてくれたり、一緒に写真を撮ったり、意外といい奴もいっぱいいるよ。でも、当然、悪い奴も多いんだろうから。まあ、気をつけなきゃね」

  〜 選択のバランス おわり 〜


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