【コートジボアール】



『マンゴーまき』 No.31

 緑が多い田舎の集落をのろのろと通過。列車の響きを耳にして駆け寄る子供たち。「マンゴ、マンゴ」と、口々に叫ぶ。車内にいる担ぎ屋のおじさんたち。窓から思い思いにマンゴーをばらまく。黄色っぽい実があたりにはじけ、赤い土のうえを点々と転がる。一斉に駆けだす子供。必死に奪い合う。喧嘩をはじめる子供まで。草むらのなかを熱心に探す子もいる。争奪戦や探すのをやめて、懸命に列車を追って走る少年。次なるマンゴーに期待する。
 担ぎ屋の人たちが途中の村々で仕入れたマンゴーの山。そのなかで痛んだものを彼らへ分け与えているのだ。子供にとっては貴重なおやつなのだろう。みんな真剣だ。ブルキナファソでは頻繁に見かけたマンゴーの実。こちらの国ではそれほど多くないようだ。時期が異なるだけかもしれないが……。
 やっとの思いで手に入れたマンゴー。汚れた服でさっとこすり、その場ですぐにかぶりつく。痛みも激しいだろうが全く気にしていない。おじさんは私にも二、三個わけてくれる。ちゃんと売り物になりそうな立派で綺麗なマンゴーだ。現地では五円もしない果物だけど、無性に嬉しい。Tシャツで軽くぬぐってからかじる。旨い。あの子供たちと同じだ。



『ミネラル水と食事』 No.32

 ドイツ人旅行者から、余分なミネラル水はないか、と訊かれる。昨日この列車に乗ってきたとき、彼は1.5リッターのミネラル水を三本持っていた。一つは封が開いていたので、実質は4リッターだ。そのとき私は、非常用のミネラル水一本と、普通の水を入れたペットボトルを携行していた。
 聞くところによると、彼はミネラル水しか飲めないそうだ。残り300ミリリッターしかなくなったので、私に訊ねたわけである。確かにこの猛暑では、水の消費量は予想を遙かに越える。ミネラル水は街で探せばそこそこ簡単に見つかるが、移動中に手に入れるのはけっこう難しい。列車の移動ならば、普通の水は駅で容易に調達できる。
 ということで、彼に非常用のミネラル水を譲ってあげる。普通の水を飲んで過ごしている私はべつに困らない。街に着けば、ミネラル水を買いなおせばいいだけだ。彼はお礼として相場の二倍のお金をくれる。大した額ではないし、お礼なんかいらない。けれど、ありがたく頂戴する。受け取ることで相手の気持ちを軽くできるからだ。
 駅の物売りからビニール袋入りの冷たい水を買って飲む。
「そんな水を飲んで、お腹は大丈夫?」
 やや心配そうな羨ましそうな表情でそう問いかける。彼は露店や屋台でも食事をしないらしい。アフリカのような場所を旅しているわりに意外にも潔癖症。でも、身なりは私と同様に見すぼらしい恰好だ。
 そんなわけで、駅の屋台や物売りからも食料を手に入れることはできない。そのため、持参したフランスパンやビスケットなどを食べて過ごしている。食べるほうは三日くらいぬいても大丈夫だから、さほど気にかけることではないのかもしれない。



『二人の娼婦』 No.33

 深夜、近所のこじんまりとしたバーでくつろぐ。すぐあとで入ってきたやせ型の若い女性。私の隣に腰かけて、訳のわからないことを言ってからむ。かなり酔っているようだ。ただの酔っぱらいかと思っていたが娼婦らしい。フランス語を喋っているのでよく理解できないが、それらしいことを話している。
 バーを出ると、勝手に腕をからめてついてくる。
「この近くに自分のアパートがあるから一緒にきて……」
 そんな感じのことを言っている。
「ぼくはすぐそこのホテルに泊まっているから。これから帰って眠るんだ」
「あなたのホテルでも構わないわ……」
 そのまま相手にしないで宿へと向かう。しかし、あきらめる素振りはなく、腕を組んでぴったりと寄り添う。いまは彼女との会話を楽しむような気分ではない。
 宿の入口まで近づくと、一人の女性が駆けよってくる。じつはその彼女も娼婦。宿の周りにたむろしている小柄な女の娘。バーへ出かけるまえ、誘われて断った女性である。
 なんと彼女たちは、目の前で喧嘩をはじめてしまったでは。物凄い口調。大声で怒鳴る。言葉はほとんど知らないが、話す内容は不思議と細かい部分までわかる。背の高いすらーとした女性、背の低いぽちゃとした女性。その対照的な二人がお互いに激しく罵り合う。
「悪いけど、どっちとも付き合わないからね」
 そう言い残して、さっさと自分の部屋へ引き上げる。二人はまだまだ言い争う。成り行きを眺めてみたい気もするが、そんな悪趣味なことはやめておく。それに深く関わりすぎて、火の粉が跳んでこないとも限らない。
 シャワーを浴びて眠りかけていると、女性が部屋を訪ねてくる。さきほど喧嘩していた娼婦の一人だ。ぽちゃとした女の娘。どうやら彼女ほうが勝ったらしい。
「でも、残念だけど、お相手はできないよ」
「そんなこと言わないでさ。ほらぁ……」
 そう言って、着物の前をはだけてみせる。部屋の外。ドアの前で生まれたままの姿を拝ましてくれるのだった。



『ポリスマン』 No.34

 アビジャンでは優しいポリスに何度かお世話になる。駅で出会ったポリスは、構内に閉じ込められそうになった私を見つけ、駅員へ告げて駅舎内を見学させてくれた。そのうえ街のこともいろいろと説明、タクシーまで強引につかまえてくれた。別のポリスからはフェリー乗り場へと案内してもらう。おまけに行列を割り込んで切符まで買ってきてくれた。あるポリスは、バスターミナルの場所がわからないでいると、パトカーに乗せて連れていってくれた。
 当然、いいポリスも多いけれど、悪いポリスもそれなりにいる。旅をすれば多かれ少なかれポリスとの付き合いもある。それに好む好まざるに関わらず必ず接点は存在する。国境やポリスチェック、街なかの至る所で……。悪どいポリスからはうまく逃げることも大切だ。それを判断して行動するのは、自分自身に他ならない。



『フレンドリー』 No.35

 喉が乾いたのでバーへ寄ってみる。昨日も訪れた店だ。バーと言っても大したものではない。日本の駄菓子屋のような小さな建物に、テーブルが二つとカウンター。棚には数種類のお酒、あとは冷蔵庫にビールとソフトドリンクがあるだけだ。
 そんな小さな店のカウンターでは、なぜか三人もの女の娘がお喋りしている。コートジボアール人はフレンドリー。彼女たちと私は、もうすっかり顔なじみである。言葉は通じないけれど、けっこう色々とわいわいやって、アドレスや名前なんかも知っていた。
「はーい、タカ!」
「やー、こんばんは」
 そのあとの会話がスムーズにつながらないのが残念。
 カウンターで黒ビールを飲んでいると、テーブルに座っている男性三人と女性一人のグループから声をかけられる。相手の言葉はわからないけれど、言っていることはなんとなくわかる。
 彼らが屋台で買って持ち込んだ羊の塩焼き。それをご相伴にあずかる。酒のつまみには最高だ。私が吸っているマルボロメンソールライトに興味があるみたい。そんなわけで、二本ほど譲ってあげる。マルボロは知っているらしいが、メンソールははじめて見るそうだ。
 それから、いろんな話で盛り上がる。すると、なぜかビールを一本おごってくれる。私にとってはそんなに高価ではないけれど、現地の人にはかなり値のはるものだろう。遠慮する暇もなくボトルがまわってくる。ひょっとしてリッチな人なのかも。しかし、そうでない可能性も高い。とにかく、とてもフレンドリーな人たちである。



『乗りそびれたフランス娘』 No.36

 バスターミナルで二人組のフランス娘と仲良くなる。やけにでかいザックを持つ彼女たち。欧米のバックパッカーは、寒い地域や何年もかけての旅でもないのに、巨大な荷物を背負う人も多い。なぜなのだろうか。小柄な女性でさえ、けっこう大きなザックを携行する姿が目立つ。
 バスが来るまで、三人でいろんな旅の話を交わす。目的のバスが到着。みんな一斉に入口付近へ殺到する。凄い様相。私たちも出遅れてはいない。三人を除けばみんな黒人の人ばかり。乗車を開始する気配は全くないのに、押し合いへし合い小競り合いをしている。想像をこえる熱気。その気迫に否応でも危機感が高まる。堪えきれないほどの暑さ。でも、この場を離れるわけにはいかない。汗だくになりながらも、真剣に自分の位置をキープする。
 ようやくバスのドアが開く。全員が乗降口へめがけて一挙に突撃。凄まじい形相。太ったおっさんから肘打ちをくらう。小さなおばさんが脇の下をくぐりぬける。そんな状況下、私もマジに前進する。フランス娘が救いを求めて手を伸ばす。腕を掴んで引っ張りながらも、体当たりして前へ進む。汗で滑って手がすっぽ抜ける。二人が搾り出されるようにじりじりと後退する。彼女たちを追って下がるわけにはいかない。私も戻れなくなる。それに女の娘一人ならばなんとかなるかもしれないが、二人ともなれば無理。今の状況では自分一人でさえ精一杯なのだ。自分自身の力で頑張ってもらうしかない。
 単独突入をはかる。体格のいい男だけが難関ではない。女性といえどもあなどれない。物凄い気迫と強引さ。体力ではない。気力の勝負。みんな大声で怒鳴り合う。私も日本語で叫びながら強行突破。こんな時に英語で叫んでも気迫は伝わらない。とっさの感情表現ができる母国語に限る。自分の感情を本気で怒鳴れば、しっかりと相手に伝わるものだ。ぼろぼろになりながらも、中盤あたりで乗車。自分の席をキープする。彼女たちの席も確保しようと考えるが、生易しい世界ではない。座っていなければそれで終わり。座っていても強引にどけて座ろうとする輩までいる。
 十数名の積み残し。彼女たち二人もバスに乗れなかったようだ。彼女たちやその他の人も、正当なチケットは持っている。しかし、抗議しても無駄だろう。文句を言ったもの勝ち、の世界は確かに存在する。けれど、広い世の中、正論が通じないことも少なくはない。二人には申し訳なく思うが、きっとわかっているだろう。彼女たちもれっきとした旅人。旅行の摂理は理解していると思う。ここにはここの文化なり、やり方があることも解っていると思う。
 窓から、消沈しきった二人の姿を見つける。こちらに気付いた彼女たちは、ぎこちない笑みで応える。頭では理解しているにしても、やりきれない気持ちだろう。
「窓側に乗れたの。良かったわね。わたしたち、ちょっと甘かったかな。つぎは絶対にしくじらないから。でも、バスは月曜日までないんだってさ」
「うん、知っている……。ぼくは時間がないからね。けっこう必死だったんだ。悪いけど、一人で先に行かせてもらうよ。ガーナで再会できたらいいね」
「ほんと、再会できるといいわね。寄り道しないでアクラへ直行するから。そこで追いつくかも。再会、期待しているわ。じゃあね、ボンボヤージュ!」
 縁があれば三人は再会できるかもしれない。そうでなくても、再び出会える確率はそこそこ高いはず。だって、旅行者の世界というのは、広いようでいて実はわりと狭いものだから。



『賄賂』 No.37

 移動中のバスの車内。なぜかお金を徴収される。超満員の車内は大ブーイングだ。助手が懸命に説明。頭を下げて熱心にお願いする。だけど、お金を払わない人もいる。よく事情が飲み込めない私も、取り合えず払うのを見送る。
 どうやらポリスに対する賄賂らしい。ポリスチェックで賄賂を渡すから、それを乗客に負担してもらうようだ。みんなブツブツ文句を言いながらもなんとか説得に応じる。
 頻繁にあるポリスチェックでは、みんなから集めたお金を少しずつ分けて払っている。助手がバスから降りて、こそっと渡してはすぐに出発。そんなに悪そうなポリスでもない。お金を集めるときに地元の乗客が大騒ぎしていたところをみると、ごく当たり前に要求されるわけでもなさそうだ。フリーパスにするために、わざわざこちらから差し出しているのかもしれない。
 賄賂を受け取らないあるポリス。助手がシッシッと追い払われる。バスの運ちゃんに対しても「さっさと行け」と合図をおくる。それでもひつこく賄賂を渡そうとする助手。ポリスから突き飛ばされてしまう。なかなか骨のある頑固なポリスもいるものだ。




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